誰かが
幸福になると、誰かが
不幸になる・・・という考え方をする人がいる。これは、世の中の
幸福という
パイが、一定量であり、結局、人はそれを奪い合うというシステムを前提にした考え方だ。こうした考え方の背景には、世に存在するものは、有形無形を問わず、常に一定量だという概念があるのだろう。
確かに地球上の資源には限りがあるし、人間は、その限られた物質や財をを巡って
競争を繰り広げなければならない。私は
競争の必然性を否定しない。
しかしながら、私は、誰かが
幸福になることによって、誰かが
不幸になるのは当然だ・・と安易に認めたくは無い。
話しは、とんでもなく飛躍するが、
宇宙について。
かつて我々を取り巻く
宇宙は、静止しているか、あるいは
膨張してもいずれは減速し、収縮した後、潰れてしまう
可能性があるものとして考えれていた。だが、20世紀初頭に
宇宙が加速的に
膨張していることが発見され、現在、
宇宙は、
真空のエネルギー(何もないところから生まれる常識では考えられない未知のエネルギー)によって、急速に押し広げられ、
膨張し続けているものと考えられている。
宇宙が最終的に行き着くところついては、現在も未知の域を出ないが、私は直感的に、
宇宙の不可解さと
無限の
可能性を感じる。
私は、
宇宙論や
量子論の専門家ではなく、
宇宙について十分に理解している訳ではない。また、この
宇宙の話しと前述の
幸福に関連する話しを短絡的に結び付けられないのは良くわかっている。
しかしながら、だ。何故か一定の状態ではなく、未知のエネルギーによって拡大を続ける
宇宙の中で、人間が
幸福になる
可能性もまた
無限であると、私は思いたい。別に偉ぶるわけではないが、私は、“誰かが
幸福になると、誰かが
不幸になる”なんてことは無く、全ての人間が
幸福になる
可能性があると思っているし、それを実現する為に、“色々な問題をクリアして、
幸福という
パイを拡大していくのが人間でないのかいな”と思っている。